金子 みすゞ(本名 金子 テル)、明治36年(1903)ー昭和5年(1930)童謡詩人みすゞは女学校時代より成績優秀で、教師に師範学校を出て教師になることを勧められたが断り、家業の本屋を手伝う。大正12年(1923)より童謡を書き始め、雑誌「童話」などに投稿し、その作品が認められるようになる。童謡詩人会編「日本童謡集」1926年版に「お魚」と「大漁」の詩が載った。1926年に結婚したが、夫に病気をうつされ、次第に床に臥せるようになり、離婚を決意。一人娘(ふさえ)の親権で夫と争い「娘は、母ミチに養育をさせて欲しい」と遺書を残し1930年(昭和5年)服毒自殺する。芥川龍之介の自殺に影響されたともいわれている。
金子みすゞ
私と小鳥と鈴と
私が両手を広げても
お空はちっとも飛べないが
飛べる小鳥は私のように
地べたを早くは走れない
私が体をゆすっても
きれいな音は出ないけれど
あの鳴る鈴は私のように
たくさんな歌は知らないよ
鈴と小鳥と それから私
みんな違って みんないい